月末が怖かった。
月末が怖かった。
フリーランスにとって月末というのは、その月の通知簿みたいな感覚がある。
家賃や光熱費、来月の食費、生活に必要なお金を引き出すために銀行へ行く。やっていることだけ見れば、ただお金を下ろしているだけだ。
ただ、売上が出た月と、まったく出せなかった月では、ATMの前に立つ気持ちが全然違う。
めちゃくちゃ稼げた月は、少し誇らしい。
でも、売上が出せなかった月の月末は、消えてなくなりたくなる。
あまり格好いい話ではないのはわかってる。
でも、ぼくにとって月末は、ずっとそういう日だった。
目次
月末は、その月の自分を突きつけてくる
夜、安心して眠れなくなった
それでも、この生き方を選んでいる
眠れないことを、美談にはしたくない
朝4時半は、少しだけ褒められる
月末は、その月の自分を突きつけてくる
起業したばかりの頃は、当然、うまくいかない月の方が多かった。
月初は、まだ開き直れる。今月こそやるぞ、みたいに、少し異常なくらいモチベーションが高くなる。
でも、月の半ばになると少しずつ焦り始める。月末が近づく頃には、もう現実逃避したくなっている。
うまくいっていない月の心の動きは、だいたいそんな感じだった。
そんなことで一喜一憂していたら、フリーランスなんてやっていられない。それはわかっている。
わかったうえで、この生き方を選んだつもりだった。
でも、現実をお金という形で突きつけられると、やっぱりこたえる。
今月は届かなかった。
来月はどうするんだろう。
ただの数字なら、まだ少し距離を取れたのかもしれない。でも、その向こうにはちゃんと生活がある。家賃も、食費も、家族との暮らしもある。
だから月末は、ただの月の終わりではなかった。
自分が今月、現実にどれくらい届いていたのかを、無言で突きつけられる日だった。
夜、安心して眠れなくなった
そのうち、月末だけじゃなく、夜眠ることさえ少し億劫になっていった。
寝ている場合じゃない。
もっとやることをやらなきゃ。
今月の売上はどうするんだ。
来月は大丈夫なのか。
そんな独り言で、頭の中がうるさくなる夜がある。
お恥ずかしい話だけど、ぼくはフリーランスになってショートスリーパーになった。
と言いたいところだけど、本当はそんな格好いいものではないのだと思う。
しかも本当は、ショートスリーパーなんていないらしい。
そんな言葉でごまかしたくなるくらい、ただ安心して長く眠れなくなっただけなのかもしれない。
起業して10年以上経った今も、その感覚は完全にはなくなっていない。
この文章を書いている今も、昨日は久しぶりに夜12時ごろに眠ったのに、朝4時半には目が覚めて、そのまま書き始めている。
もっと寝た方がいいことはわかっている。でも、目が覚めてしまう。
いつしか、ぼくの目標の一つに、
「夜、安心して眠れるようになる」
というものができた。
これは、言いたくないことだけど、真実だ。
自分の仕事をしている人から、夜眠れないという話を聞くことがある。
お金のこともある。仕事のこともある。このままでいいのかという不安が、夜になって急に大きくなることもある。
誰かに怒られるわけではないのに、自分の中の声がずっと責めてくる。
ぼくにも、かなり覚えがある。
それでも、この生き方を選んでいる
これからフリーランスを目指す人が読んだら、不安になるかもしれない。
月末が怖いとか、夜眠れないとか、安心して眠ることが目標になったとか。
そんなことを書かれたら、夢も希望もないと思うかもしれない。
でも、無理に取り繕うつもりはない。
これは、ぼくの実体験として書いていることだから。
誰かにとっての正解ではなく、ぼくの体に残っている事実として、ここに置いておきたい。
ただ、誤解してほしくないこともある。
ぼくは、今の生き方にとても充実している。
自分がやりたくてやっている。
人生を始めることを、人は選べない。でも、どう生きるかは選べる。
少なくともぼくは、この生き方を自分で選んでいる。
自分の名前で食べていく。
自分の言葉で仕事をする。
誰かに用意された場所ではなく、自分で場所を作っていく。
そう書くと、少し大げさに見える。
でも、ぼくにとっては本当にそういう感覚に近い。
それは、きれいなことばかりではない。
月末が怖い日はいまだにある。夜、安心して眠れない日もある。
それでも、この生き方を他人事みたいに手放したいとは思っていない。
不安や葛藤まで含めて、ぼくは自分の名前で食べていくということを、まだ続けたいと思っている。
ここまでの話は、少し大げさに聞こえるかもしれない。
でも、漫画家が命を削って作品を描くように、冒険家が命をかけて未到の地へ足を踏み入れるように、ぼくにとっては、自分の名前で食べていくことがそういうものなのだと思う。
こう書くと、少し酔っているみたいで恥ずかしい。
でも、そういう恥ずかしさも含めて、たぶん本音に近い。
眠れないことを、美談にはしたくない
ただし、それを美談にしたいわけではない。
眠れないくらい頑張るのが偉い、と言いたいわけでもない。
本当は、ちゃんと眠れた方がいい。安心して眠れる方がいい。不安で体を削らなくても、仕事は続けられる方がいい。
でも、現実にはまだそこまで行けていない自分がいる。
そのことも、ちゃんと見ておきたい。
不安はある。
でも同時に、24時間ずっと何かに没頭しているような感覚もある。
それが苦しいのか、贅沢なのか、自分でもよくわからない時がある。
朝4時半に起きて、こうして自分の書きたいことを書いている今この瞬間を、ぼくはかなり贅沢だと感じている。
もし、朝9時から会社の仕事がある生活だったら、きっと今のぼくはこう思っていた。もう少し寝ておこう。
その選択をしていたと思う。
でも今は、朝4時半に目が覚めて、自分の言葉を書いている。
眠れないことは、あまりよくない。
でも、書けることは嬉しい。
この矛盾が、ぼくの今の生活なのだと思う。
朝4時半は、少しだけ褒められる
ところで最近は、こうやって早起きすると、妻から「偉いね」と褒められる。
逆に、夜更かしをすると「ダメだよ」と叱られる。
睡眠時間はあまり変わっていないのに、なぜこうも善悪がはっきり分かれるのか。
少し疑問である。
とはいえ、たまに早起きしてみると、一日が少し得をしたような気分になるのもたしかだ。
もっと褒められるために、夜更かしはそこそこにしておこうと思う。
月末は、今でも少し怖い。
夜、安心して眠れるようになりたいとも思っている。
でもそれは、この生き方をやめたいという意味ではない。
怖さがなくなったら進める、と思っていた時期もある。
でもたぶん、そうではなかった。
怖いまま進む日もある。進みながら、少しずつ生活を整えていくしかない日もある。
ぼくにとってのフリーランスは、たぶんそういうものなのだと思う。
こういう、仕事にも生活にも分けきれない感覚を、メルマガでも書いています。
表に出すほど整っていないけれど、自分の中では見過ごせないことを、出し惜しみなく発信しているので、読みたい方は受け取ってください。


